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3時間のカスタマージャーニーと、旅の終わりに手に入れた2本の眼鏡

「新しい眼鏡が欲しいんだけど、このあと付き合ってくれる?」

高島屋の鼎泰豊で小籠包をほおばりながら、私が友人Mさん(年上)と、Nちゃん(年下)にこう頼んだのは、日曜の15:00過ぎ。新型コロナ騒ぎで、鼎泰豊はとてもすいていた。

今月中に眼鏡を買うことは、決めていた。
というか、新年に買うつもりだったのだ。

目次

予算とニーズのはざま

それが延び延びになっていたのは、新年に見つけた「これぞ」という眼鏡のフレームが、60,000円もしたから。

2か月以上、そのフレームが頭をちらちらよぎっていた。しかしフレームとレンズで約10万円という金額は、今の私にとって現実的ではない。

でも、そのフレームは、とても素敵だった。そのとき一緒にいた母が「これしかないわ…」「価値あるわ…」と絶賛し、私も「これは…」と心躍らせ、2人で「あれ以上のデザインはないのではないか」と、ため息をつきながら数日語り合うほどに。

眼鏡は、嗜好品ではない。立派な医療器具であり、ド近眼の私の命綱でもある。そして顔のど真ん中に鎮座し、印象も左右する。つまり、人として・社会人としての必需品だ。

10万円は出せないが、似たようなデザインで探そう。日曜日の昼下がり、友人と難波を目的なくフラフラできるチャンスはめったにない。鼎泰豊の海老シュウマイを赤ワインで喉に流し込み、私は頭の中から10万円のあのフレームを消し去った。

戦略

眼鏡は昔に比べてとても安くなった。今までも、価格破壊的なチェーン店には何度もお世話になっている。私は2人にこう相談した。

「格安のお店と、高級店と、両方行きたい。どっちが先がいいと思う?」

「まずは格安じゃない?」
「先に高級店でいいのを見つけてしまうと、それを超えるものに出会うまで買えなくなるよ」

ああ持つべきものは、「買い物」にシビアに向き合ってくれる女友達。その通り。新年と同じ轍を踏まないよう、まずはリーズナブルなお店から攻めるという戦略を立てる。

1店目「梅」

17:00、眼鏡探しの旅は始まった。

眼鏡店の価格のランクを「松竹梅」で分けたとき、「梅」にあたるチェーン店へ行ってみる。

私のオーダーは「まるくて」「つるの部分にデザインがあり、横から見ておしゃれな」「ちょっとクリエイターっぽいやつ」。今まで主に使っていた、スクエア型からの脱却を目指すのだ。

ド近眼なので、お店のフレームをかけると自分の顔がまったく見えない。ので、MさんとNちゃんに徹底的にジャッジを頼む。2人ともズバッと好き勝手にいう。「面白くない」「普通すぎる」「マダムっぽいからNG」…

いいのだ。眼鏡選びに大切なのは客観性。そもそも鏡で見る自分の顔が、他人の見ている顔と同じ保証なんてない。20本ほどかけては外しを繰り返し、その店での「一番」を決める。お代は9,800円。レンズ込み。あの10万円の眼鏡1本で、10本買える。

2店目「竹」

Mさんが「せっかくだから竹の価格も見にいこう」というので、中くらいの価格の別のチェーン店へ。

ほろ酔いのオバちゃん3人で、条件に合うフレームを片っ端から試し、好き勝手な感想をいい合う。こっちは最高に楽しいが、店員さんスンマセン。

その店で「一番」を決め、品番を控えてもらう。お代は29,800円。レンズ込み。めちゃくちゃ気に入ったら買ってしまえる価格だ。何しろ私は、10万円の眼鏡に心動かされ、一度は財布の紐が緩む幻想を見た女だ。しかしこの店の一番は、決定打にはならなかった。

3店目「松」

いよいよ、一度入ってみたかった松竹梅の「松」のお店に突入する。クリーンで洗練されたレイアウト、明らかに「梅」とも「竹」とも違う、静かに呼吸をする芸術品のようなフレームたち。

うっとりするような繊細なフレームに囲まれ、ていねいな接客を受ける。眼鏡はただの医療器具ではありませぬ。実用性のある物理的金属に魂が吹き込まれると、造形物としての妖しい美しさが生まれる。かける人間の顔面を変化させる魔術性も秘められている。ああ眼鏡。美しい。

10数本の「うっとりフレーム」を試し、その店での一番を決める。手に取るだけで分かる。細部にまで職人の仕業が感じられる、決して雑には扱えない、クールな魅力を持つフレーム。少なくとも1000回は「その眼鏡すてきですね」といわれる自分が脳裏に浮かぶ。

ここでも品番を控えてもらう。お代は約70,000円。そしてレンズ代に35,000円。

新年に見つけた10万円の眼鏡が、ついに最高の座から引きずり降ろされた。しかし、「10万円出せば、うっとり眼鏡は手に入る」という事実と確信が得られた。これは大きな収穫だ。

 

中間の振り返り

約1時間で「梅→竹→松」の順に3店舗を回った私たちは、カフェでコーヒーを飲みながら振り返りの会議をした。

絶対に今日買わなくてはいけない、ということはない。検討を重ねてから出直してもいい。しかし私は「今日、この勢いで買うべきだ」と思い始めていた。これ以上決断をのばして、何が変わろうか。

「どうするの?」
先に帰るNちゃんが、私に聞く。

「松か、梅にする。竹はデザインも価格も中途半端だと思う。竹に29,800円出すなら、梅を3本買った方がいい気がする」

竹を捨てた私は、Mさんにこう頼んだ。
「梅の価格の、別のチェーン店を回って決めたい。同じ9,800円でもっといいデザインがないかだけ、最後に調べ尽くしたいんだけど、付き合ってくれますか?」

5店目で起きた奇跡

19:00。
Nちゃんを見送り、私とMさんは最後の眼鏡行脚に出た。

幸い、難波にはたくさんの「梅」の店舗がある。
4店目ではまったく心が動かされなかった。
5店目に、今かけている眼鏡を買った「梅」のチェーン店へ行く。時間的にもここが最後だろう。

2時間半で50本以上のフレームを矢継ぎ早に試してきた私たち。迷いはない。並ぶフレームからシュパパパっ!と、候補を選択。「似合いそう」なデザインを数分で絞り込む。Mさんが「これがいい」と選んでくれたフレームがあった。これまで見た中でも、購入候補に確実に入るデザインだ。しかも安い。9,800円、もちろんレンズ込み。

これか?
これなのか?
2時間半、多くのフレームに出会い、顔に乗せ、夢を見て、棚に戻すを繰り返してきた。
その最終的な決断は、これでいいのか?

そこに、店員のお兄さんが声をかけてきた。
「こんな感じの探している」と伝えると、探してきます、とのこと。いやいや、ここまで探し切った私たちの想像を超えるデザインはないだろう…と、期待せずにいたのだけれども、お兄さんは期待を超えてきた。提案されたフレームが、ドンピシャに「購入候補入り」を果たすものばかりだったのだ。

役者は出揃った。
そして、最終候補は3本に絞り込まれた。

ちなみに、私とMさんは、さりげなく掲示されている「2本目購入で2000円引き」のPOPを見逃してはいなかった。

決断

最終候補の3本をかけては外し、外してはかけを繰り返すこと十数分。3本の中には、自分では選ばないデザインも混ざっている。しかしお兄さんとMさんは「それがいい」という。迷う、迷うが、眼鏡をかけている姿を自分で見ることはないんだから!人が選んでくれたものに従おう!

私が「あーもう!決めた!2本買います」と宣言し、お兄さんに「今日視力も診てもらえますか?」と聞いたのが、19:58。

「実は20:00で閉店なんです。通常は21:00までなのですが、新型コロナの影響で短縮営業でして」
「でも今から検査もご購入も可能です」

そこからはサクサク進んだ。視力確認、レンズ選び、レンズの厚みの確認、支払い…数年前の購入履歴も残っていたのだろう、スムーズに手続きをして、もう閉じられたシャッターから外に出してもらったのが、20:15。

私は、2本目2,000円引きの恩恵を受け、2本の眼鏡を合計20,856円で手に入れた。

カスタマージャーニー

カスタマージャーニーとは、顧客が購入に至るまでのプロセスを指すマーケティング用語。顧客が商品やブランドを知り、興味を持ち、検討をして、購入に至る道筋を「旅」にたとえている。

とても複雑な現代の「お買物プロセス」の可視化は、マーケティングを成功させるための本質的な考え方でもある。

私も、会社でコンテンツマーケティングを担当する身として、アナリティクスの画面をにらみ、どうやったら自社サービスに興味を持ってもらい、検討させ、購入へ進めるかを毎日毎日考えている。

この日私は、「眼鏡ほしいなぁ〜」から「2本も購入した」までを、17:00〜20:00のたったの3時間で完結させてしまった。今日眼鏡を買おうなんて、朝は思ってもいなかったのに。

引換証を受け取りながら気付く。これは、日頃から自分を悩ませている「カスタマージャーニー」そのものではないか。

旅の出発から到達まで

今回私は、安価であっても、セールスで期待以上のものを提示され、最終決断をした。
しかも2本買った。これぞマーケティングの力。しかしそれは、5店目で購入に至るまでのストーリーがあったからこそだ。

今回の旅の出発から到達までをまとめてみる。

明確なニーズ

・現在の眼鏡に不備、不満がある
・眼鏡がないと生きていけないから、買うことは決まっている

挫折

・年始に「松」の眼鏡に心奪われ、安い眼鏡に魅力を感じなくなっていた
・価格や品質を比較することが面倒になり、延び延びになっていた

ニーズを抱えたままの状態での、機会の到来

・難波という選択肢の多い場所で
・気を遣わず付き合ってくれる女友達と
・目的なくウィンドウショッピングできる3時間

積極的な比較

・似合うデザインの絞り込み
・購入後のイメージのふくらみ
・高価な眼鏡の付加価値の理解

購入前提の検討

・今日購入しよういう気持ちが生まれる
・「竹」は、価格には魅力がなく、デザイン勝負であると知る
・安価でも似合うデザインは選べるという確信ができる

他者の目線

・徹底的に意見を出し、似合う・似合わないをジャッジしてくれる友人の言葉
・店員のお兄さんのプロ視点によるおすすめ、こちらからの質問への的確な回答

プロモーション

・2本目購入で2,000円引きというPOPの存在

時間の制限

・(たまたまだが)閉店直前だった

スムーズな手続き環境

・昔の購入履歴があり、安心とスムーズさがあった
・(たまたまだが)視力に変化がなかった

旅の結果

とっても満足!

 

なんと分かりやすく、まんまと乗せられてしまった感のあるジャーニー。特に「3本を1本に絞れない!!」と悩んでいたときの「2本目購入2,000円引き」は、決断要素として大きかった。

そして、先に、いいものと分かっているが高価な商品を見てしまい、買えなくなって(決断できなくなって)しまった私を変えたのは、徹底した比較検討と、第3者の意見。

どうして高価なのか、その付加価値が理解できると、不思議と執着がなくなる。これは眼鏡以外でも同じだろう。心ゆくまでの比較検討は、とても大切だ。

マーケティングにおけるていねいな価値訴求の必要性

だから提供側は、その商品の価値や価格の理由を、ていねいに伝える必要がある。「わかる人にだけわかってもらえばいい」というのはマーケティングにおいては傲慢な姿勢だ。わからない人に、「選ばない」という選択肢を与え、その選択に納得してもらってこそ、商品価値は上がっていくからだ。

こだわりのある人は、「1本9,800円の眼鏡なんて」と思うかもしれない。

しかし顧客(私)が、ギュッと凝縮した旅の終わりに、レジの前に立ったとき。自分のニーズと、お財布の中と、購入後のイメージとが一本の線でつながり、旅に満足したのであれば、その買い物は成功でしょう。(眼鏡が似合うかどうかはさておき!)

まとめ

自分の中で納得に向かうストーリーがうまくつくれたとき、人は迷いなく、喜んで財布を開く。カスタマージャーニーは、そのストーリーの組み立てを楽しむための旅ともいえる。そして、マーケティングにかかわる立場としては、アナリティクスとにらめっこしていても意味がないなーと痛感。

やっぱ自分で買い物に行くのが、一番楽しくて、一番学べるよ!

新型コロナで世間はざわついているけれど、元気な人はどんどん買い物を。

おしまい。

 

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