2020年4月、新型コロナに負けない生き方~「幸せの自給率の最適化」こそ最強のサバイバル術だ~ライター椿れもん

2020年4月、新型コロナに負けない生き方~「幸せの自給率の最適化」こそ最強のサバイバル術だ~ライター椿れもん

WEBライターの椿れもんです。

新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため、企業ではテレワークが推奨され、公立の小・中学校、高校では一斉の臨時休校の要請がありました。また、大都市圏を中心とした多くの地域では、夜間や週末の外出自粛要請が出されるなど、その影響はとどまるところを知りません。

様々な形で日々の行動に制約を受けざるを得ず、家で過ごす時間が必然的に長くなっています。ただ、そのことによる「ストレス度」は、かなり個人差が大きいように感じます。

これまで、家には寝に帰るだけで、家族と過ごす時間も手の込んだ料理を作る時間もままならなかったという人にとっては、むしろ幸福度が上がった実感があるかもしれません。

 

こういうご時世だからこそ、幸福感というものについて、ぜひ一緒に考えてみてほしい。

そんな思いを込めて、今回は私がかねてより抱いていた「幸せの自給率」という概念や、幸福感について思うあれこれについて、ぶちまけてみようと思います。

 

「先進国で最も不幸な国」日本で暮らす私たち

日本は世界幸福度ランキング62位

毎年、3月20日の国際幸福デーには、「世界幸福度ランキング」の最新データが発表されます。

国際連合の「持続可能開発ソリューションネットワーク」が発表した「World Happiness Report 2020」によると、日本の順位は昨年の58位よりさらに後退して、62位だったとのこと。先進国の中では、圧倒的に最下位です。

 

2012年からはじまった調査ですが、私は数年前にこのランキングの順位を初めて知った時、愕然としました。

数値化するための物差しが変われば、もちろん結果も変わるのでしょうが、それにしても低すぎる。毎日いくら真面目にがんばっていても満たされない、幸福感を得られない社会って、いったい何なんだろう? 何とかすることはできないのだろうか? 微力ながら自分に何かできないものか?

そんなことを自問自答しながら出てきた、信念のカケラのようなフレーズが「言葉のご馳走で、日本人の幸福度を高めるお手伝いをする」というものでした。

 

もっとも、このランキング順位は、数値化できない項目については客観的な評価ではなく、「現在の生活満足度を0~10の10段階で表した時、どの段階にあるか」を尋ねた世論調査によって得られた数値の平均値であり、あくまでも主観的な値です。

とはいえ、世界有数の清潔な水を苦労なく豊富に使える恵まれた国に住んでいて、衛生的にも経済的にも決して悪くはないはずの日本人が、こんなにも生活の満足度が低いのは、いったいなぜなのでしょうか。

 

自由度と寛容度の低い日本社会

総合ランキングを決定づける要因別の順位を見てみると、調査対象となった世界156ヶ国中、日本は健康寿命では2位であるにもかかわらず、

・人生における選択の自由度 … 「人生の選択について自由を感じ、満足しているか」

・個々人の寛容度 … 「過去1ヶ月の間に慈善団体等に寄付をしたか」

この2つの項目で、大きく順位を落としています。

 

例えば、首都圏をはじめとした大都市圏における、満員電車での通勤・通学が当たり前になっている日常。

コロナウイルス感染防止対策の一環として、時差出勤やテレワークなどが推奨されたとはいえ、「普段よりはだいぶマシだとは思うけれど」という程度で、決して空いていてガラガラということはありません。

職場に出勤するという行為に対する自由度は、かなり低いのだという象徴的な光景だといえるのではないでしょうか。有給休暇の取得率の低さや、男性の育児休暇が取りづらいことも、日本の社会における自由度の低さを物語っています。

 

また、悪質なクレーマーによる店舗や企業への嫌がらせ、SNSでの炎上や不謹慎狩りと呼ばれる言葉にみられるような、批判・中傷の言葉の数々は、他人への寛容さとは真逆の現象です。

多様性というキーワードを見聞きする機会はずいぶん増えましたが、現実には違いを認めず、異質なひと・もの・こと・考え方を排除する空気感が、そこかしこに漂っている息苦しさを感じます。

クラウドファンディングなどにみられる「他者を経済的に応援する文化」や寄付についても、海外と比較すると日本はまだまだ遅れていると言わざるを得ません。

 

「幸せの自給率」が精神の安定をもたらす

実は平時と大きく変わらないわが家

世界中で、新型コロナウイルスの感染が拡大する中、日本でも全国的にマスク不足が解消されず、医療現場は重症患者の受け入れ病床が足りず崩壊寸前といった深刻な状況であることは、連日報道されている通りです。

兼業ライターとして複数の仕事を掛け持ちしている私も、飲食や観光に携わるクライアント様からのお仕事がなくなり、大学関連のお仕事は開始時期が何度も延期となり、ラジオ番組に関してはゲストの来局が原則禁止となるなど、大きな影響が出ています。

それでも、壊滅的な打撃を受けている業界から比べれば、メールや電話で対応できる部分が大きいので、恵まれている方だと思います。

 

もちろん、個人的にとても楽しみにしていたライブイベントや講演会などが次々に中止となったことは、とても残念でなりませんが、自分だけが理不尽な目に遭っているわけでもなく、このご時世なので受け入れるしかありません。

 

実は私自身、もともと小さい頃からずっと運動が苦手で、外で遊びたい・走り回りたいなどと思ったことがないのです。大人になっても、たまに計画する気ままな国内旅行以外に、アウトドアな趣味は何もないので、家でじっとしていること自体は全く苦になりません。

さらに、WEBライターとしてお仕事をさせていただけるようになってからは、好きな音楽を聴き、好きな飲み物(アルコールも含め)を飲み、快適な室温で仕事ができ、体調に合わせて昼寝するのも徹夜するのも自由に選択できる環境は、都合の良いことばかりです。

この記事も、スパークリングワインを片手に、成城石井で買ったお気に入りのお惣菜を食べながら書いています。

 

そして、現在は母と二人暮らしですが、平時から食料も日用品も大量に買い置きをしているので、1週間や2週間、家から一歩も出られなくなったとしても、贅沢さえ言わなければ十分に生きていけます。

マスクに関しては、さすがに新たに買うのは困難です。ただ、偶然にも2009年に型インフルエンザが流行した当時、婦人雑貨店をテナント出店していた某ショッピングセンターから、半強制的に購入させられた50枚入りの1箱が未開封のまま残っていたので、幸いゼロになることなく対応できています。

 

自称・閉所恐怖症の母は、所属している2つの合唱サークルが活動休止となり、歌いに行けないのは気分がクサクサすると言っていますが、賀茂川沿いに散歩に出かける以外は、音楽を聞いたり、一人で歌の練習をしたり、自宅の庭で花の世話をしたり、新聞への投稿を書いたりと、今のところはそれなりに過ごせている様子です。

 

母は糖尿病の持病があるため、美味しいものを食べて気晴らしをするのはなかなか難しいのですが、できる範囲で食べる楽しみの「口福(こうふく)」を用意することで、ストレスを溜めないように心がけています。

お蔭様で、母娘で顔を合わせる時間が増えたからと言って、いがみ合ったり罵り合ったりするようなことはなく、穏やかに心地よく過ごせているのはありがたい限りです。

 

「自給」の考え方は、生活全般や精神面にも応用できる

「自給」とは、「必要な物資を、他に求めるのでなく、自力で獲得してまかなうこと」(小学館 デジタル大辞泉)と辞書に書かれています。主に食料やエネルギーに関してよく使われる言葉だということは、皆さんご存じでしょう。

そして、「食料自給率」とは、国内の食料消費が、国産でどの程度まかなえているかを示す指標です。

 

確か小学校高学年の頃に、社会の授業で「天ぷらうどん」の材料を例にして教わりましたよね。

うどんや天ぷら粉の原料である小麦や、しょうゆの原料である大豆、えびの大半が輸入に頼っていて、ねぎとだしくらいしか自給できていないことを示す円グラフを見た記憶があります。

日本は小麦や大豆だけでなく、他にも多くの農産物や加工食品を外国から輸入しています。カロリーベースでの食料自給率は37%で、アメリカの130%やフランスの127%などと比べるまでもなく、先進国の中でも最低の水準です。

天候不良等の条件によって、輸入量が減少することはあっても、諸外国との関係が良好であれば、全く入ってこなくなる心配はないと考えている人がほとんどでしょう。

 

自給率の考え方は、何も食料に限った話ではなく、他のことにも当てはまると私は思っています。

たとえば、学びの自給率ということで考えてみると、

・成功者や先輩からの直接的な指導
・共に学ぶ仲間との学び合い
・自分で見聞きしての独学

など、細分化することができます。

仮に、リアルに通うタイプの各種教室やサークルありきで、在宅でひとりでは学べないとなると、今のご時世では学びから得られる幸福感は、著しく低下することになってしまいます。

でも、現代はありがたいことにインターネットで世界中と繋がれる時代です。家に居ながらにして、学べる環境の選択肢は豊富にあります。

また、恋愛の自給率ということで考えてみるとどうでしょうか。恋人がいない生活など考えられないという人もいれば、数年間いなくても全く平気という人もいるでしょう。

恋人がいる場合でも、週に1回会うのが理想なのか、毎日会わないと耐えられないのか等、生活全体に占める恋愛の割合がどのくらいであれば、自分は最も幸福感を得られるのかは人それぞれ異なります。

自分にとっての最適な割合を自覚し、その状態をキープできれば、きっと幸福でいられるはずです。

 

 

自分の機嫌くらい、自分で取れ

あなたの行動の自給率グラフはどんな円?

私は、ひとり時間が減るとストレスを感じるタイプなので、日々の生活に占めるひとり時間の割合は、常にしっかり確保したいと考えています。第1子長女であるせいもあってか、甘え下手な性格なので、自分でできることはできるだけ自分でしたいのです。

もちろん、そんな私にも、自分でできるけれど、誰かにしてもらったら幸せを感じることだってありますよ。

例えば、人に淹れてもらったお茶や、美容院でしてもらうシャンプーなどが当てはまります。自分の幸せを構成する要素のひとつひとつについて、どんな割合が心地良いと感じているか。自分でやることと、周りの人のお力を借りることとのバランスが大切です。

なので、行動の自給率という円グラフを作るとしたら、自分でできることを自分でする割合は7~8割が理想。

苦手なことや嫌いなことに関しては、周りの人に快く引き受けて力を貸してもらえたら、とても幸福だと感じます。

この割合は、もちろん個人差があると思います。

ポイントは、自給率100%が幸福なのではないという点です。

 

幸せを測るMyメジャーを持とう

私は、負けず嫌いな要素が乏しい人間です。人から評価されるのは嬉しいですし、もっとガンバろうと思えますが、負けても平気な鈍感力も持っています。

独自の目盛と基準、価値観で作られた“Myメジャー”で物事を測っているので、他人の評価で一喜一憂することが、少ないのだと思います。

他人から見たらバカみたいなことであっても、能天気な雰囲気で、うまくいっている自分の未来を、心の底から信じていられたら、それだけでとても幸せな気持ちになれます。

 

一見すると無駄に思えるような時間こそが、実は書き物のネタ集めと、感性という名の消化液で血肉にするためには欠かせません。

私はそれらを丁寧に言語化して、取捨選択をしながら、幸せの純度を高めているのだと思います。

 

「幸せの自給率」を最適化しよう

Windowsで定期的に「デフラグ」をしますが、あの考え方は大事です。

幸せに必要なピースをこまめに最適化すること。自分にとって必要な、大切なピースがどれなのかをわかっていないと、最適化できないですからね。

電話やメールで愚痴の吐き出し合いをすることは悪いことではありませんし、不安やストレスを発散する場はもちろん必要です。オンライン飲み会も大いに結構。

でも、それをするために、いつも自分以外の「誰か」や娯楽施設などの「場所」がないとできないというのでは、普段の余裕がある時ならいざ知らず、誰もがたくさんの我慢を強いられている今のようなご時世では、厳しいと言わざるを得ません。

食料や日用品の買い占めや、家庭菜園での自給自足といった意味ではなく。

外出自粛・自宅待機となった時にでも、冷静に穏やかに、粛々とやるべきことをこなし、できる限りご機嫌に過ごせるスキルを備えておくこと。

つまり、幸せの自給率を常に最適化しておくことが、これからの時代の最強のサバイバル術だと私は考えています。

まとめ

人は誰しも、一人では生きていけません。

とはいえ、何でもかんでも周りの人に頼りすぎていると、その人たちの力が借りられなくなった時、災害時とはじめとした非常事態に、たちまち困窮してしまいます。

常に人を助けに行けるだけの余力を持っていられることが理想ですが、それができない時であっても、せめて自分の機嫌だけは自分で上手に取れる人でありたいものです。

さらに、ほんの少しでも余裕がある時には、ギリギリまで追い込まれている他の人のご機嫌を取るためのお手伝いも、微力ながらできると良いなと願っています。

 

 

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椿れもん

椿れもん

ライティングを学んで3年、2018年秋から兼業ライターとして活動を始めました。 それ以前は、10代、20代の頃に詩歌集を自費出版、30代では共同出版の経験があります。また、起業家コミュニティで11年間、メルマガ編集責任者をしています。