ネコ好きライターが、愛猫ネオを見送った日のことを書こうと思う。

ネコ好きライターが、愛猫ネオを見送った日のことを書こうと思う。

とうとうその日がやってきた

あかん。喪失感がハンパない。めちゃめちゃ悲しい。
うちのネオが、家の中、どこにもおらへん。

15年間、ずっと一緒におった。私にとって、この世で一番大切な存在。
アメリカンショートヘアーの女の子、ネオ。

猫やもん、人間よりも寿命は短いって分かってた。
それでも、娘たちがお嫁に行く時、一緒にお見送り出来るかも、と思ってた。
そんな日は、ずっとずっと先で、全然考える必要のないことやった。

…あの日、家族に見守られて息を引き取った。
…その次の日、骨と灰になってお空に昇って行った。

ネオとの出会い

長女が小学3年生、次女が幼稚園の年長さんの夏休みだった。日が暮れてから、公園で近所の4~5家族のママ友と子供たちで花火大会をすることになった。

夏の夜は楽しい。大人はビールやおつまみも楽しめた夜であった。
いや、伝えたいのはそうした楽しさではなく、帰宅した時に待ち受けていた事実である。

私たちが留守の間に、夫が、子猫を買ってきたのだった。量販店のペットショップで、生後2か月の、アメリカンショートヘアーの女の子を!

ペット禁止のマンションに住んでいるにもかかわらず、しかも家族の許可もなく!

今でもしっかり思い出せる。突然現れた子猫は小さくて無邪気で、とにかく一生懸命だった。

か、か、可愛い!!!!!

元々、動物が大好きな私である。その上、当時は専業主婦。
…せっせと世話をした。

エピソード1 溺愛されるネオ

「ネオちゃんはべっぴんさんやねぇ。横顔がほんまに綺麗やわ」
「ただいま、えぇ仔でお留守番してたんやねぇ。かしこいねぇ」

私はネオを溺愛した。

おかげさまで、ネオは「典型的な猫」に育った。媚びない。しかし甘える。かしこくて、「ミャー」を使い分ける。カツオ節をくれ、ドアを開けろ、背中に乗せて移動しろ、だのと主張する。とてもおしゃべりだ。ひっくるめて全て可愛い。ネオは、私の中心に居た。

仕事から帰った時は、「クルルッ」と出迎えてくれる。「はいはい、ただいま」と答えてすぐに家事にとりかかる。言わずもがな、家事の一番はネオのご飯の準備である。

休日の昼下がり、用事も家事も一息ついたころ、ネオを探す。お昼寝の場所は、ほとんど娘のベッドの上である。しかし、そこに居ない時がある。今の自宅に越してから、幾度となく家中を探し回った。

猫を飼ったことがあれば、知っていると思うが、猫にはお気に入りの狭い場所がある。そして、お気に入りの場所は変わっていく。

少しだけ開いたままのクローゼットの中、ハンガーに吊るされた洋服を押しのけて奥の方を覗きこむ。オープンになったボックスに、服が無造作に入れられている。ネオがその中に埋もれている。
気配を感じたネオは、チラリとこちらを見るが、すぐに惰眠に戻っていく。
居ることを確認できて、満足な私だった。

今は、帰宅して娘の部屋を見渡す。クローゼットを覗き込む。そして思わずため息を吐き出す。

ネオはもう居(お)らんのやった。

エピソード2 ツンデレのネオ

自由気ままに家の中を歩き回り、洗面所の流れる水を飲ませろとせがみ、毛布を出すと思い出したようにモミモミする。窓から見える雀には「ケケケケケ」と声をだし、小ばえや蚊に飛びかかる。

ネオが、脱走を覚えた時は大変だった。猫あるあるによると、人間が帰宅した時は、先ずは少しだけドアを開けること。猫が脱走を企てていないことを確かめてから家の中に入ること。

一気にバッと開けてしまうと、賢い猫は飛び出す。飼い主の帰宅に早くから気付いて、玄関ドアの内側で待ち構えているからだ。さらに上手の猫なら、くつ箱の上で、ドアの大きく開いた瞬間を狙うかもしれない。

そうそう、猫のツンデレは常套手段だ。普段は、抱っこをさせてくれないどころか、体を撫でられることも拒むのに、足元にすり寄ってくることもある。私を見上げる仕草はたまらない。

ネオちゃん、抱っこして欲しいの~?

私の解釈は当たっている時もあれば、そうじゃない時もある。抱っこされたまま、ゴロゴロと喉を鳴らし目を細めるネオを見ていると、とても幸せな気分になる。逃げられたときは、チッと舌打ちの気分だ。全ては気ままなネオ次第…。

ネオは、私の中心に居た。

また、トン、と小さな音がした気がする。ネオが階段を降りてきたのかと思ってしまう。ドアの向こうに黒い影が見えたような気がする。ネオが開けてくれと言っているのかと思ってしまう。朝起きて、帰宅して、つい癖で、娘の部屋を覗いてしまう。

お空に行ったんやった。

病気

発端は、しっぽにこすれたような傷を見つけたことだった。
2週間ほど経ってからの、かかりつけ獣医さんの診断は「腫瘍の可能性」だった。「炎症を抑える薬を与えて、様子をみましょう。」という診察結果で、ネオへの服薬が始まった。

服薬を続けても腫れは引かない。全身麻酔をして生検をし、正体をもう少しはっきりさせることにした。結果は、間葉系の良くない腫瘍だった。どうしますか、と聞かれるが、ネオは病院が怖いので、通院だけでも大変である。

悩んでいる内に、腫瘍が自壊してしまった。出血している。ネオは舐めることを止めない。しかし、エリザベスカラーは余計にストレスとなる。真っ赤でジュクジュクしていて痛そうで、見ているこちらがつらくなっていた。

どうしよう、どうすれば良い、飼い主に何が出来る?
そして、断尾を決意した。そう、しっぽを切断する。

手術は、最初に傷を見つけてから、2か月半経過した時に行われた。

ネオからしっぽを奪ってしまった、と心苦しかったが、ネオは気にしなかった。そして、元気を取り戻した。短いしっぽがくるくる動いて可愛い。食欲もある。ギリギリの長さを残したので、歩行障害も排尿障害も出ていない。私たちから見る限り、ネオは以前のストレスフリーに戻った。

しっぽは短くなったけれど、我が家では相変わらずのお猫様、ネオ。
漠然と、5~6年はこのままの生活が続くと思っていた。

そんなある日、娘が私に伝えてきた。「ネオちゃん、再発したと思うねん。」

そして、再発…

断尾してから約4ヶ月と20日、残ったしっぽの先が少し膨れている。ネオがその部分を舐めている。

これ以上短くしたら、歩行障害が出るかも知れません、って言われていた。それよりも、再発したかどうか調べるためには、全身麻酔をかける必要がある。ストレスを与えることになる。与えるだけ与えて、手の施しようがありませんって言われるかも知れない。

悩んでいるだけで2週間が過ぎた。しっぽがパンパンになってきた。

診察に連れて行ったが、嫌がって爪をたてるから、獣医さんは触診も出来ない。

「2.8㎏だった体重が、2.3㎏に減っています。」
急激に痩せている。このままでは、体力もなくなってしまう。

その夜、パンパンのしっぽがはち切れた。血の混ざった体液が床に点々と続いている。娘の布団も汚れている。すごく痛いのかもしれない。上手く力が入らないのかも知れない。だからなのか、おしっこを失敗するようになった。

ご飯の量が極端に減ってきた。徐々に症状が悪化する。洗面台の高さへのジャンプが出来なくなった。ミャーと鳴いても声がかすれている。立ち上がると後ろ脚がふらつく。ほとんど、横たわるようになった。それでも、食欲はあった。

しかし、あの朝は、食欲を示さなかった。口元に持っていったお水も飲まなかった。
再発から約1か月、その日、ネオは動かなくなった。

最後に

2週間以上経ったけど、家の中は静かなままだ。

学生時代の友人から、メッセージが届いた。
「これからは、ずっと一緒におるってことやで…。」

この世に居ないことを、自分の中に居ると感じることと置き換えていく。
それが、悲しみを乗り越えることかも知れない。

ネオの存在が大きすぎて、戸惑っている。
しばらくは、悲しさと寂しさを享受する。次のステージは、まだ先だな…。

ネオちゃん、ありがとうね。うちに来てくれて、本当にありがとう。また、来てね。

ふと、六道という仏教用語を思い出した。平たく言うと、輪廻のお話。もしかすると、ネオは来世で私の姉かも知れない。

すごい美人なお姉ちゃんだ。しかもツンデレ。いやいや、案外、娘の子供として生まれてくるかも知れない。

会える気がして、ほんの少し元気になる。

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大杉おれんじ

大杉おれんじ

お得な情報と面白いことが大好きな、大阪生まれ大阪育ちの関西人ライター。半世紀以上生きているが、自分ではまだまだ若いつもり。大きな知恵袋を持っている。