社会派ライターの新世界今昔。新しい世界の中心で夫婦関係に大切なことを学ぶ!

社会派ライターの新世界今昔。新しい世界の中心で夫婦関係に大切なことを学ぶ!

唐突ですが、夫婦関係はうまくいっていますか?

ちょっとした行き違いから関係がこじれるということもありますよね。

この関係をこじらせないために必要なことを、大阪の観光地「新世界」から教わってきました!

大阪の新世界とは

大阪の新世界をご存じでしょうか。通天閣のふもとにある繁華街です。

かつては、日雇い労働者の街として、カップルや家族連れなどを寄せ付けない雰囲気でした。

動物園の西側の入口に面しているにも関わらず、この街で家族連れを見ることはほとんどありませんでした。

しかしながら、何が幸いするのかは分かりませんね。ガラパゴス化して、独自の文化を築いたこの街は、レトロな雰囲気を残す観光地、安くておいしいお店がある街として脚光を浴び、今では観光客が大勢押しよせています。

むかしむかしの新世界自分史

四半世紀前、学生だった私は、授業が終わると、この街によく繰り出しました。当時はまだ観光地化されておらず、日雇い労働者に交じって飲んでいました。

日雇い労働者相手の街ですから、とにかく安かったんです。お金のない学生でも行くことができました。

いつも行く店が決まっていました。まずは、串カツにどて焼き。次にホルモン焼き。ちょっとゲームセンタで小休止をして、最後に寿司をつまむ。というルートでした。

カウンターしかないホルモン焼きの店の階段の下の首を曲げないと座れない席がお気に入りでした。これだけ行って、3000円ぐらいだったのではないかと思います。

テレビに雑誌に引っ張りだこの新世界

その後、新世界は、みなさんもよくご存じの串カツ屋さんでのルールである「ソース二度漬け禁止!」などを中心に、テレビや雑誌で頻繁に紹介されるようになりました。

その他にもミックスジュースの発祥の喫茶店があったり、日本で3軒(当時は4軒)しかないスマートボール屋があったりとネタの宝庫でした。

テレビや雑誌で取り上げられるたびに、旧友の活躍を見ているようでちょっと誇らしい反面、なにがしかの寂しさもありました。

私は大阪を離れて新世界から足が遠のいてしまいましたが、本当はその寂しさから、たとえ機会があっても寄り付かなくなったのかもしれません。

寂しい飲み会

ところが、先日、新世界で飲み会がありました。

新世界で飲むのは27年ぶりでした。

外部からの侵入者によってガラパゴスは大きく変わっていました。飲み屋さんでトイレを聞いたら「そこのパチンコ屋!」と指され、飲み屋のトイレと化してたパチンコ屋さんは、でっかい串カツ屋さんに変わっていました。

また、あれだけ居たはずの日雇いのおじさんたちもほとんど見かけませんでした。それどころか、観光地にしかないようなお土産物屋さんがありました。

テレビなどで見てはいたけれども、ほんとうに観光地になっていたんだ。
その時に思い知らされました。

そして、皆が楽しそうにしていて、私も気の置けない人と飲みに来ているのに、なんだか寂しくなりました。

冷たくはないが寂しい

なぜ寂しさを感じたのでしょうか。

もちろん、もうここは自分の知っている街ではなくなってしまったという残念な思いがあったからだと思います。でも、それだけではなかったようです。

大勢の観光客が来るようになって、似たような串カツの店がたくさんできました。しかもどの店も大箱です。その数多ある座席を埋めるために、店外には客引きのお兄さんたちがたくさんいて、一生懸命に呼びかけています。

以前は、観光客などいませんでしたので、客引きなんて見ませんでした。きっとどの店も常連客を相手にしていたのでしょう。

名前を失ってしまった客

常連客を相手にしているということは、お店も人もお客も互いに良く知っている関係だったでしょう。お店的には「お客さんが来た」のではなく、「○○さんが来た」と言う感じでしょうか。

「お客」という“一般名詞”ではなく、「○○さん」という“固有名詞”で認識されるわけです。

しかし、観光地化すると、「お客」の取り合いが起こります。

お店の人からすると一般名詞ですが、相田みつをを持ち出すまでもなく、我々は一人ひとり違います。なのに十羽ひとからげ的な扱いを受ける。人としてというよりも、“お財布”として見られてしまっている。

もちろん、商売ですから当たり前のことです。しかし、ちょっと大げさかもしれませんが、利用されているような気持になってしまい寂しかったんだと思います。

利用されたら、だれでもいい気はしない

確かに、人に利用されていると思うと残念な気持ちになりますよね。

人間関係、特に夫婦関係もそうかもしれません。

「利用されている」というのは、相手は、頼りたいところ以外は、どうでもいいと思っているのではないか…私という人間が蔑ろにされているのではないか…と感じることだと思います。

「俺の給料だけをあてにしている」
「家事さえしてくれたらいい」

あとは、お互いに「知らん」というのであれば、互いに「利用されている」と感じるかもしれません。

そうならないためにはどうしたらいいか、人としてお付き合いをする、もうちょっと突っ込んで言うと、「相手を大切にする」ということでしょう。それも相手が大切にされていると思うことが重要です。

常連客をもてなすテクニックこそ、良い関係を作るカギ

その方法は、いろいろあるでしょうし、みなさんが自分に合うやり方を選べばよいでしょう。いま思いつくのは、話しかけることかもしれませんし、心からのお礼を述べることかもしれません。常連さんにするように。

常連になれば、互いに安心できる関係になれるでしょうし、互いに相手に喜んでほしいと思うでしょう。よい関係とは、ここから立ち上がってくることではないかと思います。

夫婦は、出て行ってもちゃんと家に「来てくれる」常連さんですね。互いに。

しかし、自分に都合のいいように利用することばかりに熱心だと、

「あなたは、熱い人だけど、寂しいわ」

といって、客足が途絶えてしまうかもしれませんよ。

 

 

 

 

The following two tabs change content below.
篠原たけし

篠原たけし

教育現場からの人間観察を得意とする、好奇心旺盛ライター。フットワーク軽く、様々な角度から「おもしろ社会学」を発信。