2020年4月、SFと歴史と、新型コロナと、破壊と再生と。 〜ライター本田もみじ〜 

2020年4月、SFと歴史と、新型コロナと、破壊と再生と。 〜ライター本田もみじ〜 

ライターという職業を、商売ベースで見るか、人生ベースで見るか。人によってそれぞれだろうけど、私は一生、「まだ目に見えていないものごとを言語化する」ために汗をかく覚悟を決めた人間だから、「新型コロナウイルスの流行」という未曽有の厄災について、考えを書いておこうと思う。

2020年4月、史上初の「緊急事態宣言」が出された。ネット上には「いまは戦時中と思え」という言葉も踊っている。確かに、これは戦いだ。

 

何との?

新型コロナウイルスとの戦い?

 

ネットやマスコミの情報は、医学的もしくは経済的見地のものがほとんど。しかし私は医学も経済も門外漢。だから取り急ぎ、SFと歴史の観点から、いま人類を襲っている敵との戦いについて、考えてみようと思う。

 

SFの世界において繰り返される、人類の滅亡

新型コロナウイルスの流行で一番最悪なシナリオは何だろう。それは人類滅亡。あり得る話だと思う。

「アトランティス文明は本当にあったのか」とかいう話は横に置いておく。しかし、金曜ロードショーで猿の惑星を見て心をざわつかせた元SF少女にとっての新型コロナの脅威は、経済への打撃でも、物資の不足でもなく、「滅亡」。

ワクチンの奪い合い、副作用による遺伝子の変容、植物や動物への感染と食物不足、たたかい、叫び、ここまで発展した文明むなしく、最後の1人が大陸のどこかで命を落とす。もしかしたら月へ脱出する人がいたかもしれない。小さなコロニーで新しい文明の種が育つかもしれない。

SFの世界において、人類は滅亡しては再興していくものらしいから。

何にせよ、現人類は「新型のウイルスによって」一度滅亡する。

ここまでは、人類側から見た最悪シナリオだ。

しかし地球にとっては、人類の滅亡は「よろこぶべき自然回帰」かもしれない。経済活動が止まり、世界人口が減る。人の移動がなくなるから空気はきれいになり、川は清らかさを取り戻す。

私たちが情報に翻弄され、「生活の不安」という目先の問題にやっきになった先にあるのは、原始の姿に戻った地球だ。文明による汚染から地球を救うのは、ただのタンパク質。さあ、どっちが正しいの?

少女時代は「大きくなったら、皆がビックリするような設定の小説を書いて、日本SF大賞を取るんだ!」と思っていたが、まさか自分が人類滅亡の危機に直面するとは思わなかった。襟を正して「上弦の月を喰べる獅子」と「アド・バード」と「チグリスとユーフラテス」を読み直そう。

 

歴史の世界において繰り返される、文明の滅亡

SF少女だった私は、そのまんま「ロマンチックなテーマ」にのめり込み、大学では史学科に入学した。専攻は仏教史。シルクロードに憧れて憧れて憧れて、なんとか潜り込んだ。

しかし歴史学は(入学するまでしらなかったが)、決して「ロマン溢れる学問」ではなく、私は来る日も来る日も、開元釈経録とかそのあたりの「書物や経典の題名が羅列された目録」を読まされていた。

西域の歴史、もとい中国史をかじった人間にとって、文明とは「生まれてはかなく消えるもの」。いったいいくつのオアシス都市が興隆し、砂の中に消えていっただろう。まるで「文明とは消えるために生まれるのだよ」、と2020年の私に教えるように。

今私たちは「買占めが」「経済が」と、目の前の問題にあたふたしている。それは当然だ。困る。今を生きる皆で乗り越えるしかない。しかしどんなにあがいても、歴史的観点から見ると、やっぱり文明って突如消える儚いものだと思う。

 

ロマンチック!とウルウルしながら聞いていたNHKスペシャルのナレーション
「こうして楼蘭は歴史の波に飲み込まれ、あえなく消え去ったのでした」

実際に、文明滅亡の可能性がわが身に降りかかってくると、歴史の波なんてものに飲み込まれてたまるかーい!と叫びたくなるが、今はまさに「歴史のうねり」が最高潮に高くなる直前だ。

そして、残念だけど、歴史の波には人類は勝てないと思っている。
これはあきらめでも揶揄でもなく、歴史というものの本質だから。

 

さて私は、あれだけ経典を読まされたのに、漢文をスイスイ読みこなせるようにはならなかった。そして「インディ・ジョーンズも読めたから」という理由で履修したサンスクリット語の授業は、ギリギリ60点で単位を取得。結局私は、魔宮に迷い込んで大冒険をすることなく40歳を超え、文明の危機を目の当たりにしている。

 

人類の馬鹿力は、負け戦であっても、チャンスを生む

冒頭で、私たちは何と戦っているのか?という問いを出した。

人類の英知を結集すれば「感染症」という敵には、勝てるかもしれない。
しかしこの騒ぎが、本当に現文明への滅亡のシナリオ下にあるのであれば、それには抗えないと、私は思っている。

人ごとではないですよ。それがリアルになったとき、私は泣き叫び、ジタバタし、恐怖のドン底に落ち、みっともない姿をさらすだろう。そうはなりたくないし、少なくとも今回の新型コロナが原因での滅亡は避けたい。たとえ終息後すぐに隕石が落ち、大災害による滅亡が待っていたとしても。

目前に迫る危機を、あり得ない馬鹿力で回避してきたからこそ、人類はここまでこれたと思うから

 

だから、いま私たちは、ウイルスではなく人類の「最悪の未来」と戦っている。

負け戦になるかもしれない。でも、SFにも歴史にも共通するキーワードがあることも、忘れないでいようと思う。それは「破壊と再生」というキーワードだ。「私人」である自分に目を向けると、個人的な感情に支配されるが、「歴史の、宇宙のうねり」という視点で見るならば、壊滅的な破壊があってはじめて、素晴らしい再生のチャンスが生まれるものだから。

 

まとめ

ここまで大きな話をしておいて、めちゃくちゃ小さなスケールに戻るけれど、ここまで社会が急激に破壊されたからこそ、テレワークの導入、キャッシュレスをはじめとする貨幣価値の変化、人とのコミュニケーションの見直しが一気に進んでいる。まさに社会構造の再構築だ。

そう思ったら、身の丈の範囲での「価値観の破壊」を怖がっている場合ではない。壊れたら、つくる。壊れたら、考える。どうすれば、よりよく再生できるのかを。

今、私にできることは、それくらいだ。

 

 

 

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本田もみじ

本田もみじ

このサイトの運営者。元道産子、関西が大好きで定住してしまったWEBライター。ベンチャー企業勤務とライター業をパラレルで行き来する日々を送り、ライフワークはアジアの仏教美術巡り。