2020年5月〜ぎっくり腰とうまくつきあえる人はなぜポストコロナでも生き残れるのか 〜ライター南部優子

2020年5月〜ぎっくり腰とうまくつきあえる人はなぜポストコロナでも生き残れるのか 〜ライター南部優子

新型コロナウイルスの感染拡大を受けた緊急事態宣言は、少しずつ解除が進み、恐る恐る社会が動き始めている。

ウイルスそのものの排除が可能になったわけではないから、明確に終息を打ち出せるのはずっと先になるだろうが、徐々に通常の生活を迎えるようになるだろう。

だが、完全な「元の世界」に戻ることは、もうない。

ウイルス感染というリスクを体験した後は、リスクに気づく前とは行動様式が変わってしまうからだ。

 

唐突かもしれないが、これからの世界で生き残るために見習うとよいのは、ぎっくり腰とうまくつきあっている人の行動だと考えている。

ポストコロナを考える思考実験の第3弾は、このあたりのあれこれを言葉にしてみたい。

文体を変えてみたのも実験の一環。しばしお付き合いください。

 

あたりまえが変わると生き残れる人も変わる

緊急事態宣言が解除され、徐々に日常生活が戻ってくるとはいえ、感染症が広がる以前の日常生活とは異なっている。ウイルスはこれまでどおり存在し、人から人へ感染する。そして、感染したときの驚異も続いている。

では、社会の何が変わったのか。

 

ひとついえるのは、社会が失敗体験と成功体験をもったことである。

感染したらどのような状況になるのか。最悪の場合どうなるのか。どんな状態になったら最悪を引き起こしてしまうのか。社会は、人がウイルスに感染し、人に感染させたときの失敗体験をもった。

そして、ウイルス撲滅の完全勝利の見通しはたたないまでも、感染を広げるリスクを抑え、最悪の事態を逃れる小さな成功体験をもった。

失敗体験は回避のための教訓に活かされ、成功体験は行動の強化を生む。

今後の社会は、みえないがどこかにあるはずの地雷を空中に漂わせた状態で経済活動を営むようになる。地雷に触れないよう、失敗の教訓を活かし、成功した行動を強化していくだろう。

 

ところで、リスクとの付き合いは今回のウイルスが始まりではない。さまざまな地雷と共生してきた人が身近にいるだろう。軍隊やスタントマンのような特殊なものではなく、だ。ボトルネックは誰にでもある。

彼らは、自分や周囲がいつでも危機的な状態になることを知っている。危機が起きることを前提に備え、いざというときの心構えをもっている。

それだけではない。

危機的な状況はいつかおさまって日常に戻り、さらにまたいつか危機的な状況がやってくることも知っていて、覚悟している。

 

これからは、彼らの生き方が最前線になる。

 

ポストコロナの社会は2つの波で動くようになる

ウイルス感染の流行には波がある。これからの社会は、小さな危機の波と大きな危機の波が繰り返し押し寄せるようになるだろう。

 

小さな危機の波は、個人または周辺で起きるものだ。次のようなサイクルが考えられる。

(1)外で動く活動

(2)自分または周囲で感染発生

(3)自宅へ退避

(4)活動再開

 

大きな危機の波は、集団感染などの社会現象になるレベルだ。再流行の兆しが見えたとき、あるいは見えそうなとき――たとえば8月のお盆、12月の年末から正月にかけての手前では、地域あるいは国単位で活動が制限されるかもしれない。

(1)外で動く活動

(2)集団感染の恐れで緊急事態宣言

(3)活動自粛・休止

(4)制限解除

 

こうした危機の波は、ワクチンや治療薬が出回る、あるいは抗体をもった人が一定の割合に達するなどして、ウイルスの感染が広がりにくくなり、未知のウイルスに対する恐怖が減って「ただのウイルス」と認識されるまで繰り返されることになるだろう。

 

変化するリスクに対応して生き残るには

危機の波にうまく乗るために参考にしたいのが、ぎっくり腰との付き合い方だ。クセになってしまっている人を思いうかべてみてほしい。

ふだんから「ぎくっ」といかないように自分の体の声に耳をすませ、周囲に宣言し、細心の注意を払って行動することで小さな危機をやりすごす。派手にやらかしたときは全力で助けを求めて安静にする。回復するまでは様々な手を借りて生活し、そろりそろりと復帰する。

 

これからは、生活にしろ働き方にしろ、この流れを意識することが重要になる。内部の声に耳をすませ、「ぎくっ」となりそうな気配を察知したらすばやく対処をとる行動だ。

(1)細心の注意を払った感染防止策

(2)身近に感染者が出たときの緊急対処策

(3)退避している間の代替策

(4)再開に向けた対応策

 

それぞれの対策については、これまでの「成功体験」からやるべきことがおよそ整理されている。たとえば以下のようなものが考えられるだろう。


(1)感染防止策:飛沫感染を防ぐマスクや物理的距離、接触感染を防ぐ消毒、空気感染を防ぐ換気、社会状況を把握する情報網の整備

(2)緊急対処策:体温・体調や濃厚接触者特定のための行動履歴管理、緊急連絡網整備、消毒や隔離、緊急告知、代理業務の依頼などの体制整備

(3)退避中の代替策:スプリットやリモートなど疎開体制へのシフト、代替サービスへの切り替え、回復期のサービスを先取りする事業の展開

(4)再開時の対応策:再開するサービス・時期の告知、強化した防止策の案内、サービス利用時の特典紹介


このとき、とにかく重要になるのが「情報」だ。

 

鍵を握るのは「情報」と「演出」

ウイルスは医学的・疫学的な要素から語られることが多く、いきおい医療や保健と関連して考えがちだ。だが、ウイルスの正体も対処法も不明確な中で感染が社会現象となっている場合、リスクをコントロールしているのはウイルスそのものではない。

情報だ。

 

人はプログラムで制御されているわけではない。

科学的な根拠で安全だと証明されれば行動が起きるのではなく、動き出すことへの警戒心を解くフラグとして科学的な根拠が用いられていると考えるほうがいい。

そして、何を根拠に安心し行動変容するかは、人によって異なる。価値観は誰一人として同じではない。

たしかに科学的な証明は強いパワーをもっている。数字で示され、再現性があるものは説得力が高い。だが、それだけのことだともいえる。数字は解釈と表現によって正反対の主張ができる諸刃の剣だ。

情報は操作できる。きりのない安全な環境をつくることに労力を費やすより、安全であろうとする状況を丁寧に伝える環境――情報発信に注力するほうが、行動を起こすことの警戒心を解くフラグをたてやすいのではないかと思う。

もちろん、これまでも情報戦略の重要性はいわれてきた。つくり手のこだわりや可視化、トレーサビリティ、追体験を生むストーリーなど、これらはみな行動変容を起こさせるための情報として作り込まれてきたものだ。

 

これからは、お客様の心地よい変容を促すしかけにプラスし「安心」が行動を起こすフラグとして重要になってくる。

安心して身をまかせられる環境がつくられていることの演出が求められている。

そして、この環境の演出のポイントとして、またまたぎっくり腰とうまくつきあっている人の姿が参考になると踏んでいる。

 

上手に他人を信頼し、他人に頼る。「ぎくっ」とならないために重い荷物は一人で抱え込まず、派手にやらかしたときにはすぐ助けを求め、動けない間は代わりを頼む。

そして、いざというときの信頼関係を構築するために、自己開示や助け合いの行動を惜しまない。

 

これからの社会、人と会いながら活動する以上、どんなに用心しても必ず感染のリスクは起きる。ウイルスは人から人へうつるからだ。

ウイルスを「いつうつされるかわからない」と疑う姿勢から、「いつかうつしあう仲だ」と互いを信頼しあう姿勢へ。完璧な安全の場を提供するのではなく、リスクを抱えていることも宣言し、真摯に安全を目指す姿勢をみせることで安心の場を提供する。

このような自己開示と助け合いの関係づくりを演出する情報発信が、ポストコロナで生き残る働き方の鍵となるのではないだろうか。

 

 

もうひとつ。

演出の広がりは、オンライン/オフラインと、オンサイト/オフサイトの、ふたつの「オン/オフ」を上手に切り替えながら進んでいくことになる予感がしている。

これについてはまた別のところで思考実験していきたい。

気になる人はリクエストください。

 

 

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南部優子

南部優子

書籍編集歴8年、ライター歴15年、DTPデザイン歴10年。 出版社の編集員、選挙事務所の政策広報、環境NPO広報、防災コンサルタントの経験があります。現在はフリーランスで活動中。 WEBサイトからポスター・チラシ、広報紙、書籍まで、幅広いメディアでのライティングを行っています。