自分がディスカリキュア(算数障害)だと大人になって知ったライターの、ちょっとした昔話

自分がディスカリキュア(算数障害)だと大人になって知ったライターの、ちょっとした昔話

ディスカリキュア(算数障害)をカミングアウトします

私、本田もみじは、「ディスカリキュア」です。

ディスカリキュアとは、「計算ができない」という学習障害(LD)の一種です。

そして学習障害とは、知的な発達の遅れはないものの、「読む・書く・聞く・話す・計算する」という能力に困難が生まれる発達障害のことを指し、様々なタイプが存在することが分かっています。

私はつい最近、「自分はディスカリキュア(計算障害)を持つ人間なんだ」ということを知りました。

そして「状態に名前が付くとは、なんて素晴らしいんだ」と感激しました。なにしろそれまでの人生で、自分が壊滅的に数字を理解できないことに、やや恐怖に近い困惑を覚えていたからです。

ディスカリキュアの人は、数字に関することにのみ障害があることが多いそうです。そして、小学校で算数の学習が始まってから、その特性が発見される場合がほとんどだと言います。

私もそのセオリー通り、算数がまったくできませんでした。

 

算数障害を持っていると、義務教育が「とほほ」なことになる

義務教育中の私は、こんな感じでした。

【小学校時代】

・九九がいえない。いえる部分は「数字をビジュアルで暗記」しているだけで概念は理解できない。
・分数の意味が分からない。なぜ分からないのかも分からない。
・繰り上げと繰り下げの概念が分からない。もっというと数字の大小もパッと判断できない。
・公式を覚えても、そこに数字を当てはめるということが頭に浮かばない。
・図形の面積や体積を計算できるという概念を認識できない。

【中学校時代】

・中間テスト、期末テストで数学だけ0点を連発する。13点とか取れたら奇跡。
・先生に呼び出される。何が分からないか聞かれても、数字が分からない…としか表現できない。
・数学が憎くなる。ついでに0の概念とやらを生み出したのがインド人と知り、インド人を恨むようになる。
・家庭教師の先生(理学部)を困らせる。

どうでしょう。地獄ですよ。

しかし、私は総合的には「よくできる子」の部類でした。算数以外の教科はおおむね優等、美術や音楽も大好きで、表現活動も得意。友達もいるし、部活も楽しんでいる。

本は年間200冊は読み、読書感想文コンクールでは、課題図書ではなく自分の感動した本を題材に「面白い作文」を書きあげる。

国語の先生に呼び出され、「あなたの作文は、偉い人が喜ぶガイドラインには沿っていないからコンクールには出せない。でも素晴らしい、もっともっと書きなさい」といわれたこともありました。

そうです。「ディスカリキュア」なんていう言葉に巡り合えていないティーンエージャーの私は、「優等生なのになぜか算数だけできない不思議な子」だったのでした。

内申書が出ない!

そんな私も何とか高校に入りました(よく入れたもんだ)が、ご想像通り、高校もなかなかに地獄でした。

・相変わらず「国語社会は満点で、数学だけ10点台」というパターンが続く。
・試験のあと先生方が面白がって「どうだった!?点取れたか!?」とかまってくる。
・スパルタ系の数学教師に当たってしまい、辞書の角でコツンとされ、廊下に立たされる。
・予備校模試の結果「世界史で全国トップクラスの点数」を連発し会誌に載るも、数学は毎回ほぼ0点。
・自分が、数字の無い星から単体で地球に派遣された、エイリアンだと思うことにする。

そして高校3年生のときに、大ピンチがやって来ます。

「本田…数学でこのまま1か2が続くと、内申書が出せないぞ…」

なんと。内申書が出ないと大学受験ができないというではありませんか。

ピンチです。大ピンチですが、当時の私は「頑張って次の中間試験で点を取ります!」などとはいえませんでした。頑張るとかのレベルで解決できるなら、とっくにできていますから。

だって

数字を脳内に入れることのできない人間が、図形理解・空間認識ができない人間が、なんちゃら関数とか、理解できますか!?

私はスルッと「受験は無理だな」と納得。悔しいとすら思いません。

数学ができないと進学できないというのが、火星には空気が無いから住めない、という理屈と同じなら、「それは仕方ないでしょう」。

補講に出る。ただ、出る。

そんな私に、学校側が「2週間、きちんと補講に出れるかい?補講に出たら、内申書を出せる成績をつけるから、受験を諦めてはいけない」と提案してくれました。

何度も先生に確認しました。本当に出るだけ!?そんなこと言って、最終的に理解したかどうかをテストされるのでは!?

そしてきちんと「出るだけでいい」という言質を取り、私はまじめに2週間の補講を受けました。

黒板には、6歳から「学びなさい」といわれ続けたものの、いつまでたってもその存在自体が霧のようにしか見えない「数字・数式」がホワホワ並んでいます。

「でも、この黒板を眺めていたら、大学受験のパスポートはとりあえず手に入る」

そして晴れて受験権利を獲得した私は、結果的に一浪したものの、北海道から京都にある希望の大学に進学。

ちなみにセンター試験の点数は、「現代文 満点」「世界史 ほぼ満点」「英語 なかなか」というものでした。私は大学受験によって、「数学ができなくても人生は切り開けるし、私を受け入れてくれる場所がある」ということを知ったのです。

計算できない人もいれば、言葉が書けない人もいる

1980年代の日本社会に「発達障害」という概念があったかどうか。それは子どもだった私には分かりません。

とにかく「算数さえできれば」「数学さえできれば」という悩みに常にさらされ、それなりに大変だった…としかいえません。

実は自分でも「私、ちょっと異常だな」とうっすら気が付いていました。

普通、気合いを入れて勉強すれば、それが一夜漬けや暗記であっても少しは頭に入るはず。

しかし数字に対する感覚は、「苦手・嫌い」という言葉でしか表現できないのがもどかしく思える、恐怖すら覚える「ぽっかりした闇」のようなものでした。

そして。

大人になって自分が「算数障害だったんだ」と知るのと同時に、私と同じような状態で「言葉が書けない」「読書ができない」という人がいることも知りました。

知ることで、分かり合えるという優しい世界

社会に出ると、

「一切本を読まない」
「文章を書くことを拒否している」

というタイプの人に出会う機会がありました。それは、国語が大好きな私からすると「学びを放棄している」「感受性が豊かではない」「面倒臭がり」な人に思え、理解し合えないタイプと認識していました。

なにしろ若いころの私は、
「現代文の4択問題を見た瞬間、本文を読まなくても正解をある程度当てられる」
という特殊技能の持ち主。

国語のテスト・模試・受験…おおよそ試験といわれるもので、ケアレスミス以外で満点を逃すなんてあり得ない。しかも漢字や古典の暗記以外の、「現代文」の勉強などは一切不必要だし、見ただけでスルスル問いが頭に入り、答えることにワクワクする…はずでしょ!?

と、国語能力が無い人を、(自分の計算能力の無さを正当化するために)見下していました。

でも、もしその人が「読字障害」「書字表出障害」を持っているなら。
私が数字に対して感じるようなあの「霧」を、言葉に対して感じているなら。

その人が、本を読まなくても。
その人が、文章を書けなくても。

今なら、分かり合える!

自分の状態に「名前」が付くことで、自分を許し、認めることができる。
そして、同じような状態にある人と、分かり合える。

誰かを認めることができるのと同時に、自分の生きる範囲も大きく広がった。そう思えた私は、昔より少し優しい世界に住んでいるような気がします。

 

死ぬまで計算はできません

ちなみに、大人になったからといって数字と和解したわけではありません。
私の脳は「小学生時代のまま」で、いまだに分数の概念すら分かっていません。

でも、必死に生きてきたおかげか、日常生活は可能ですし、なんとFP2級の資格も持っています。電卓も使えます。

そして算数ができない代わりに、文章で生計を立てることができています。

皆それぞれ、多少の不完全さを許容して生きています。そして、私が「計算が苦手なのではなく、できない」ということをカミングアウトしても、もう誰も私に点数を付けることのない年齢になりました。

だから、いわせてください。

算数ができなくても、生きていくぞーーーーーー!!!!

補足

小中高とつらい日々を送りましたが、幸いなことに、家庭でも学校でも「困ったねえ」という扱いはされていたものの、スパルタで何かをさせられたことはありませんでした。

今思うと寛容な大人に囲まれていた気がします。

ただし「算数障害である」という認識は誰にも無かったため、「勉強する」という解決策しか存在せず、私はただただ思考停止して教科書に向かうことしかできませんでした。

また、高校時代に私を廊下に立たせた熱血数学教師とは、23年ぶりの同窓会で再会。

「めっちゃ辞書の角でコツコツやられた本田です!覚えていますか!」とビールを注ぎに行ったところ、「す、すまんな、あの当時は血気盛んでな」と謝られ、話に花が咲いたので良しとしましょう。

私はたまたま「算数」だけでそれ以外に得意分野があったため、自己肯定もでき、プライドも保て、自立することもできました。

もしあなたの身近に「学習障害ではないかな?」と思う子や、「自分が学習障害であることを知らず、いまだに生きにくさを感じている」大人がいたら、

・自分が異常なのではなく、名前の付いた「状態」だと知ること
・自信喪失、やる気の低下を防ぐような対策を取ること
・それ以外の「できること」を徹底的に伸ばすこと

を伝えてあげて欲しいと思います。

それだけで、世界は、きっと優しくなります。

おしまい。

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本田もみじ

本田もみじ

このサイトの運営者。元道産子、関西が大好きで定住してしまったWEBライター。ベンチャー企業勤務とライター業をパラレルで行き来する日々を送り、ライフワークはアジアの仏教美術巡り。