2020年5月、新型コロナが教えてくれたこと ~言葉の力と終息の鍵~ ライター椿れもん

2020年5月、新型コロナが教えてくれたこと ~言葉の力と終息の鍵~ ライター椿れもん

WEBライターの椿れもんです。

緊急事態宣言の期限が、5月31日まで延長されました。出口の見えない閉塞感、様々な制約や我慢を強いられる生活に、限界を感じつつある人も少なくないでしょう。

連日、新型コロナウイルスに関する報道が繰り返される中、私は政治家やキャスターをはじめとしたリーダーの言葉に注目しています。

そして、ワクチンや特効薬がまだ無い今、全ての人々の「言葉の力」こそが、一日も早い終息の鍵となるのではないだろうか、そんな希望も抱いているのです。

今回は、新型コロナウイルスと言葉の力について、私が思うことを書いてみたいと思います。

 

そもそも自粛とは

「自粛疲れ」なる言葉をよく見聞きするようになりましたが、「自粛」とは本来、他人から言われてすることではありません。

小学館のデジタル大辞泉には、「自分から進んで、行いや態度を慎むこと」と書かれています。

 

人から命令されて、強制されて何かをするのは、誰でも嫌なはず。

新型コロナウイルス感染症対策では、「自粛要請」という言葉を用いることで、あくまでも「お願い」しているというニュアンスになっていますが、実質的には半強制的であることに変わりはないでしょう。

 

「北風と太陽」

人に何かを頼む時、指示を出す時、少しでも相手に気分よく行動してもらうためには、声かけの言葉選びがとても大切です。

 

ましてや、誰もが普段以上にストレスを感じている今の時期だからこそ、より丁寧に言葉を選んで伝えなければ、望む行動をしてもらえないばかりでなく、誤解や怒りを招き、大炎上することもあります。

 

「他人にさせられている」から「自らしたい」にするためには、北風方式では厳しいでしょう。従わなかった時の罰則や不利益が嫌だから、仕方なくイヤイヤ従っている場合、そこには不満が残ります。

一方、太陽方式の場合は、させられている感覚ではなく、自らの意思で行動しているので、そこに不満はなく、納得があります。

 

自治体トップの自粛呼びかけにみる言葉の明暗

今回の新型コロナウイルス感染症対策においては、全国の自治体トップの言葉によって、絶賛と炎上が見事に分かれる事例がいくつもありました。

 

その中でも特に大きな話題となったのが、新潟県燕市の市長から帰省を自粛する学生へ向けて送った、心のこもった手紙とお米などの贈り物です。

泣けた、故郷を誇りに思った等々、受け取った学生のツイートが拡散され、あたたかい気持ちが全国に広がりました。

 

・帰省自粛の学生に届いた、ふるさとからの手紙と贈り物に感動「ほんとに泣きそうになった」(ニコニコニュース)
https://news.nicovideo.jp/watch/nw7068775

・女子学生「箱を開けた時に喜びと温かさ感じた」…帰省自粛学生に届ける故郷の味(東洋経済オンライン)
https://toyokeizai.net/articles/-/348486

 

まさに、太陽方式の典型的な例ですね。

 

同じくあたたかいメッセージで共感を呼んだのが、島根県の紙面広告。

地域ごとの方言を使って帰省を自粛してもらうよう呼びかけたことで、大きな反響がありました。一方、岡山県は強い言葉を使ったことが反感を買ってしまい、大炎上となってしまいます。

 

・「今は来ないで」岡山県は大炎上、島根県は絶賛……明暗を分けたのは“言い方”?(文春オンライン)
https://bunshun.jp/articles/-/37672

 

人命に関わることだからという意図はわからなくはないのですが、やはり人の心を動かすためには、まずいチョイスをされたように感じます。

 

行政機関の負担も日に日に大きくなっている中で、丁寧な言葉選びまで気が回らない部分もあるかもしれません。でも、そこはぜひとも言葉のセンスに長けたブレーンを側近に置くなどして、大切にしてほしいなと思います。

 

「DJポリス」をヒントに

良いヒントになるのは、今やすっかり有名になった「DJポリス」です。

2013年6月4日、サッカー日本代表がアジア予選を突破してワールドカップ出場を決めた夜、渋谷のスクランブル交差点では歓喜する大勢のサポーターに対して、ユーモアを交えた話術で交通ルールの順守を呼びかけた警視庁の男性隊員の言葉が、大きな話題となりましたね。

 

ただ、今のように緊急事態宣言が出ている時は、下手にウケ狙いで何か面白いことを言おうとすると、失敗するリスクが高くなります。とにかく相手の気持ちに寄り添って、丁寧に語りかけるという姿勢を参考にすると良いのではないでしょうか。

 

「水の結晶」を知っていますか?

もう15年ほど前のことになりますが、私は水の結晶の写真を初めて見ました。

あまりの美しさと、水に言葉を見せたり、音楽を聞かせたりすると、結晶の形が変わるという内容がとても興味深いものでした。

 

「しようね」と「しなさい」

この水の結晶を写真に収めることに成功したのは、日本に波動を広めた第一人者として知られる、江本勝さんです。著書・水からの伝言シリーズは、世界でも大きな注目を集めています。

https://www.masaru-emoto.net/jp/message/

シリーズvol.4の「水はことばの鏡」の中で、「しようね」と「しなさい」という2つの言葉を見せた水の結晶が、全く違う形をしている写真が載っていました。

人間の体は、約7割が水でできていることはよく知られていますが、命令口調で言われると細胞レベルで拒否反応を示すのかもしれないなと、私は素人ながら感じます。

 

「ありがとう」と「ばかやろう」

前述の書籍では、「ありがとう」の言葉を見せた水は、外国語の場合でも美しい結晶になり、「ばかやろう」の結晶を見せた水は、ドロドロの汚い結晶になるという衝撃の写真がたくさん紹介されています。

また、最後の方には、読者の方から寄せられた実験結果として、ご飯粒や味噌を入れたビンに、「ありがとう」と「ばかやろう」と書いた紙を貼って、同じ条件で保存した後の腐敗度に違いが出ている写真も紹介されていました。

 

新型コロナウイルスの結晶はどんな形?

世界中に感染が拡大し、ワクチンや特効薬がいまだ無い新型コロナウイルス。

緊急事態宣言の延長でさらなる経済的打撃が続き、長期戦が避けられそうにない中、私はふと思ったのです。

「コロナウイルスの入った試験管に、ありがとうと書いた紙を貼ったら、ウイルスはどう変化するのだろう?」

「水を入れた瓶に、“新型コロナウイルス”と書いて貼ったら、どんな結晶ができるのだろう?」

 

世界中の専門家の方々が、医科学的な知見を結集させて、どうにかして終息させようと奮闘されている中、何をのんきな夢のようなことを言っているんだとお叱りを受けるかもしれません。

でも、もし江本勝さんがご存命なら、きっと実験なさったのではないでしょうか。2014年にお亡くなりになっていて、それが叶わないことが残念でなりません。

 

ウイルスを攻撃し、やっつけるという考え方ではなく、感謝の言葉をかけて封じ込めることができないものか。

江本さんの書籍に感動した一読者として、そう思わずにはいられないのです。

 

なぜ日本は感染爆発に至っていないか

世界中で感染が拡大している新型コロナウイルスですが、日本は他国と比較して、重症化した症例が少ないと言われています。日常的な衛生習慣や、国民皆保険制度による医療水準の高さなどの他にも、まだ気づいていないだけで、何か日本ならではの要因があるのではないか、それがわかれば終息への大きなヒントになるという声を聞くようになってきました。

 

八百万の神に祈りを捧げてきた日本人

これはあくまでも素人の思いつきに過ぎませんが、私は日本人の食生活には、漬物、みそ汁、豆腐、納豆など発酵食品が多く存在していることが、多少は関係あるのではないかという気がしています。

そしてもうひとつ、こんなことを言うとスピリチュアルに寄りすぎていると思われるかもしれませんが、DNAレベルで「万物への感謝の心」を多く持ち合わせているからなのではないか、と思えてくるのです。

 

日本では昔から「八百万(やおよろず)の神」と言われるように、自然界のすべてのものに神が宿ると信じ、祈りを捧げ、「お蔭様で」と感謝して生きてきました。

合掌やお辞儀といった、非言語の部分にも日本人の感謝の心は表れています。

「ありがとう」や「感謝」の文字を見せた水の結晶写真と同じことが、もし人間の体の中の細胞で起きているとしたら、重症化しないことにも頷けると思いませんか?

 

真の終息には「感謝の言葉」が大きな鍵!?

「ありがとう」の反対語は「あたりまえ」です。

新型コロナウイルス騒動によって、これまで当然だと思って利用してきた、様々な商品やサービスが、休業要請、営業時間短縮などによって、平時と同じような使い方はできなくなっています。

医療機関、ドラッグストア、スーパー、コンビニ、飲食店、ゴミ収集、宅配便、交通機関、その他、日々の生活でお世話になっているあらゆるひと・もの・ことに対して、あまりにもあたりまえに感じすぎていて、感謝が足りていない部分があったのではないでしょうか。

 

また、コロナのお蔭でという表現はおかしいかもしれませんが、たとえば使い捨てマスクの製造を中国に依存していた脆弱さに気づいて、多くの企業が国内生産を始めたり、なかなか進まなかったテレワークや働き方改革が、必要に迫られて加速したり。そういう、コロナを通じて気づきや学びを得た、プラスの面もあったはずです。

 

私たちの日常が一変し、感染後に重症化して亡くなった人は、遺骨になるまで家族はお別れをすることすらできないという、まるで戦時下のような悲劇も起きています。

そんな憎き新型コロナウイルスに感謝を捧げ、重症化・感染爆発を起こさないように祈ることは、心理的に容易なことではないでしょう。

 

でも、終息のために私たちが今すべきことは、感染した人を責めたり、特定の職業の人への偏見を持ったり、政治家を批判することではないはずです。

 

感謝を捧げることで、本当に終息するのかどうかなんて、私には科学的に証明できません。ただ、お金も技術もいらない、どんな場所からでも、いつでも誰でもできる方法なので、やってみる価値はあっても、リスクは何もありません。ダメもとで感謝を捧げて、少しでも終息が早まることを祈ってみませんか?

 

まとめ

緊急事態宣言の解除や自粛要請の緩和には、感染者数や陽性率等、判断の根拠にするための確かな数値が必要だと叫ばれています。

もちろん、「8割おじさん」など専門家の方々には、引き続き調査・分析をしていただく必要があると思います。

それに加えて、これは私の希望的観測ですが、一定数の人が「新型コロナウイルスのお蔭様で~」と心から感謝することができた時、真の終息を迎えるのではないか、私はそんな気がしてならないのです。

 

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椿れもん

椿れもん

ライティングを学んで3年、2018年秋から兼業ライターとして活動を始めました。 それ以前は、10代、20代の頃に詩歌集を自費出版、30代では共同出版の経験があります。また、起業家コミュニティで11年間、メルマガ編集責任者をしています。