リストラで悩むアラフィフ(50代)ライターが教える! 悩める人は、蒜山に行った方がいい理由。

リストラで悩むアラフィフ(50代)ライターが教える! 悩める人は、蒜山に行った方がいい理由。

みなさん、こんにちは。アラフィフライターの篠原たけしです。

篠原の職場は、事業を縮小しています。ハッキリ言って、将来、不安です。みなさんも多かれ少なかれそのような不安を抱いておられるのではないでしょうか。

実は、わたくし篠原がライターをしているのもそのイザに備えるという意味もあるんですよ。

将来への不安を抱えているのであれば、蒜山に行くことをお勧めします。蒜山に行ってその不安が少し和らいだので、そのことをみなさんにお伝えしたいと思います。

蒜山で出会った奇異な光景

ところで、みなさんは蒜山をご存知ですか。そうそう、2011年の第6回B-1グランプリでグランプリを受賞した「ひるぜん焼きそば」でも有名ですね。

正確には、岡山県と鳥取県にまたがる蒜山三座とよばれる山々のことです。ここでは、蒜山三座のふもとに広がる高原地帯を蒜山と呼びたいと思います。

家族で蒜山に行ったのですが、篠原の目には、ちょっと奇異に映ったことがありました。

それは、家と家とを分け隔てる塀(へい)をあまり見かけなかったことです。もちろん、塀がちゃんとあるところもあると思いますが、無いことがとても印象に残っています。

塀とは自分の土地とよそ様の土地の境目を目で見て分かるようにしているものですよね。

ということは、ここ蒜山では、「ここからは私の土地!」と主張していないということになりますね。

確かに境目がはっきりしていると、いろんなことが起きると思います。例えば、家の前を掃除しているときも、ここまでは自分の土地だからきれいにするけれど、ここから向こうは自分の土地じゃないから知りません!なんてことが起きるかもしれません。

自他を区別する「塀」

奇異に映ったのは、時代と逆行している感じがしたからです。現代は、居酒屋、高速バスでも個室であること(最近ではインターネットカフェでも防音カギ付き個室!)が売りになっています。

つまり、現代の人々は自分の周りに「塀」を作りたがっています。また、自分だけの空間を求めるということは、自分と他人をはっきりと区別するとも言えます。

しかも、自他をはっきりと区別させるというのはトレンドのようです。「自分らしく」や「自己決定」といって自他の区別をしたうえで、自己を強調することが多いですね。

その際たるものが「他人に迷惑をかけてないんだから何をしようと俺の勝手だ!」ということではないでしょうか。

自分にしか注がれないその眼差しは、自分の現在の生活は、自分自身だけの力で整えている。誰にも迷惑をかけてはいないなどと考えてしまいがちです。かく言う私も恥ずかしながら、そう考えがちです。

分けられない自他とお互いさま

しかし、自他の区別はそう容易ではないはずです。例えば、最近の働き方改革ではないですが、寝る間も惜しんで働いている夫のことを心配して言うわけです。

「あなたひとりのからだじゃないんですからね」

身体なんて自分と不可分のものですが、それさえも自分だけのものじゃないということなんですね。

しかも、人間の生活って、「人から迷惑をかけられ、人に迷惑をかけるもの」であり、「人から頼られること」すら、面倒だったり、厄介だったりして、迷惑を感じるかもしれません。

自分で気づいていない、あるいは誰かが教えてくれないだけで、生きていれば誰かに、迷惑をかけてしまうものではないでしょうか。つまり、「お互いさま」なのです。

情けは人のためならず?

「他人に迷惑をかけてない」という発想であれば、迷惑をかけてしまったとき、あるいはそのことを知らされたときに、立ち直れないかもしれませんし、誰かが困っているときに手助けすることが、かえって迷惑になったらどうしようと思うと、人を助けることも出来なくなるでしょう。

実際、「情けは人のためならず」という言葉は情けをかけると相手のためにならないと解釈する人の方が多いというのもそれを表しているかもしれません。

ひょっとすると、境界を明確することは、人々のつながりを絶ってしまうのかもしれません。

「塀をなくそう、低くしよう、そしてお互いさま」

そうです。我々はひとりで生きているわけではありません。いろいろな人と関わり合いながら、迷惑のかけ合いをしながら生きています。

雄大な蒜山を眺めていると、悩んでいる自分がなんだか、ちっぽけに思えてきました。もしも困ったときは誰かを頼ろう。誰かが困っているのであれば、助けてあげよう。雄大な蒜山三座を眺めながら思ったのでした。

悩みがあるみなさん、蒜山に行くといいですよ。そのスケールの大きさに自分のことしか考えていない凝りかたまった自分を少しだけかもしれませんが、広げることができます。

そして、こころの塀を取り除く、あるいは低くしてみませんか。

塀がないというのは見てても気持ちいいですよ。

蒜山には悪い人がいない理由

ただし、その迷惑のかけ合い、頼るにしても、程度ってありますよね。本来自分でできることを誰かに、押し付けたり、そんなことをすると…

蒜山には、「粋呑(スイトン)」という怪物がすんでいたそうです。悪いことを企んだり、他人に迷惑をかけたりした者がいれば、スィーと現れ、トンと一本足で立ったスイトンに食われてしまうそうです。それで蒜山には悪い人はいないといいます。

へぇ、なるほど。

 

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篠原たけし

篠原たけし

教育現場からの人間観察を得意とする、好奇心旺盛ライター。フットワーク軽く、様々な角度から「おもしろ社会学」を発信。