出生のルーツを知らないライターが、ふるさとを探しに愛媛県へ行った話

出生のルーツを知らないライターが、ふるさとを探しに愛媛県へ行った話

ふるさとの世界デビュー

ビッグニュースが飛び込んできました。母親のふるさとが世界遺産に登録されたのです。

世界遺産の名前は「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」といいます。

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産

母親は、長崎の「黒島」という島の出身です。黒島は、当時禁教だったキリスト教の信者たちが迫害から逃れるために渡った島という言い伝えが残っています。

「黒島」という名前も、十字架を表す「クロス」から来ていると言われています。それまでも、火曜サスペンス劇場などで時々舞台になっていました。そのたびごとに母親から「いま、黒島がテレビに出てるで!」という“ふるさと”コールがありました。

私は、その島の出身ではありません。訪れたのも一度だけです。五右衛門風呂に入ったのを覚えているくらいです。

ですから、「出てるで!」という言葉に、行ったことあるところがテレビに出ている。というくらいでしかないのです。ただ、母親は本当に嬉しそうです。ふるさとっていいですね。

自分のルーツはいったいどこに?

みなさんは、ふるさとをお持ちですか。

私にはふるさとがありませんでした。自分のルーツさえ知りませんでしたから。

いつもおしゃべりな母親が、私の幼少期時代の話になると口をつぐんでしまうからです。ほんとうに急に口が重くなってしまうのです。

そのあまりの変化に、子ども心にこれは聞いてはいけないことと思っていました。

ただ、自分はどこから来たのか。すごく疑問でした。偶然見つけた、自分を生んでくれた時の母子手帳を見て、自分には覚えのない父親の名前と、愛媛県川之江市(現四国中央市)で生まれたということを知っているぐらいでした。

自分のルーツを知りたいと思いつつも、なかなか叶いませんでした。関西と四国って、近いようで遠かったのです。

そして25年。チャンスは訪れました。四国学院大学で集中講義を行うことになり、四国へ行くチャンスができたのです。四国学院大学は香川県の善通寺市にあります。善通寺市は、川之江市の近くです。

さあ、ルーツ探し!

集中講義を済ませた後、意を決して、川之江に行ってみました。まだ見ぬ“ふるさと”に。

目当てがあったわけではなかったのですが、せめて母子手帳に載っていた、助産所を訪ねてみようと思ったのです。川之江市の地図も買い、準備万端でした。

しかし、地図を読んで初めてのところに行くのが得意なのに、要領がつかめません。仕方なく、駅前の商店街の喫茶店に入りました。海外から取り寄せた食器でコーヒーがいただけるというお店だったように思います。

喫茶店で助産所の名前を伝え、場所を聞いてみました。自分の生い立ちも含めてお話をしました。お店の人は丁寧に聞いてくれました。私は、それほど社交的でもないので、今思えば、その時は本当に必死だったんでしょう。

ふるさとで出会う

すると、話しが終わるか終わらないかのころに、私に背中を向けるように座って新聞を読んでいた初老の男性Sさんが、こちらを向いて「私の子どもたちもそこで生まれた。あなたの生い立ちも良く分かった。私が連れて行ってあげよう」と言ってくれたのです。

いつもであれば、そんなに迷惑を掛けられないと思って、お断りしていたと思います。

でも、この時は、まさに「渡りに船」でした。何の躊躇もせず、お願いをしました。

発売されたばかりのプリウスに乗せてもらいましたので、「渡りに新車」。何と贅沢な。

初対面の二人を乗せたハイブリッド車は、助産所に向けて出発しました。

残念ながら、助産院はもうありませんでした。Sさんは、車から身を乗り出し、近所の人に尋ねてくれました。なんでも、助産婦さんは高齢になられたので、大阪の娘さんのところに最近行ったとのことでした。残念。

ふるさとは寄り添ってくれる

自分が生まれた場所が分かり、積年の思いを果たせたことで満足していると、Sさんは、私を食事に誘ってくださいました。私もちょっとハイだったんでしょう。また、そのまま別れるのはちょっと寂しくもあり、お言葉にまたもや甘えました。

連れて行ってもらったのは、Sさんが“行きつけ”というお寿司屋さん。もちろん、お寿司は、回りません。白木のカウンターに二人で座りました。Sさんは、「好きなものを頼みなさい」。ドギマギしていると、「おまかせで」。お寿司屋さんで「おまかせ」を食べたことは、今もありません。

生誕の地で人のやさしさに触れながら、積年の思いを果たし、瀬戸内の海の幸を頂く、幸せなひと時を過ごさせていただきました。Sさんの生い立ちを伺うと、私にシンパシーを感じていただいてこんなに親切にしていただけたのかな。とぼんやりと考えました。

食事が終わると、Sさんは、泊まっていきなさいと言ってくれました。が、さすがにそこまでは甘えられません。丁重にお断りをして、お別れをしました。

ふるさとは教えてくれる

自分のルーツの旅には、ここまででした。

でも、覚えてもない生まれ故郷が、Sさんのおかげで“ふるさと”になったのでした。

後日、お礼のお手紙と共に心ばかりの品をお送りしました。すぐに返礼が送られてきました。「気を遣わなくていい」。ふるさとはどこまでも優しかったのです。

人を幸せにしたい。そのお手伝いをしたい。いつも、いつも頭から離れないことです。

お仕事をしている時も、遊んでいる時も。きっとこの優しい、優しい場所に生まれたことが私をそう考えさせているのでしょう。


みなさんには、ふるさとがありますか。ちゃんと帰っていますか。

 

もし、しばらく帰ってないのであれば、一度、帰ってみませんか。いまの自分がそのふるさとに支えられていることに、影響を受けていることに気づかれるでしょう。

忙しい、目まぐるしい現代だからこそ、自分の今を立ち返ってみる必要がありますよね。

 

あっ、だからお盆やお正月に帰省するのか!知らなかった!

すみません。ふるさとがなかったもんで。

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篠原たけし

篠原たけし

教育現場からの人間観察を得意とする、好奇心旺盛ライター。フットワーク軽く、様々な角度から「おもしろ社会学」を発信。