アラフィフライター(50代)が解明! お風呂で「あー」とか「ふぅ」とか言うわけ。

アラフィフライター(50代)が解明! お風呂で「あー」とか「ふぅ」とか言うわけ。

寒くなってきましたよね。お元気ですか。寒くなってくると恋しくなるのが温泉ですね。というわけで、先日も、出張ついでに温泉に入ってきました。

そこで、分かったんです。湯船につかると、「あー」とか「ふぅ」とか言うわけが。

お風呂で見つめてしまう自分

温泉に必要なもの。それは、やっぱり露天風呂ですよね。風呂に入りながら、空が見えるんですよ。風呂だけならうちでも入れますが、さすがに空は見えません。

プレミア感たっぷりの露天風呂につかっていると、太陽の光がお湯に当たって、プリズムを通して見たように見えました。自分の足に、赤やら黄色やら青色がゆらゆらしていて、とてもキレイでした。

キレイだなって見とれていましたけど、見とれているのは、自分の足なんですね。どうして自分の足に見とれているんだろうと思ったときに、ふと思いました。

お風呂って、自分を自分で見ているよなぁって。湯船につかっているとき、身体を洗うときなどに、自分の身体を見ていますよね。見とれることはあまりないにしても。

高校生のころ「アレルギー性血管炎」になりました。両足の太ももからふくらはぎにかけて広範囲に内出血をしていたのです。この病気に罹患しているのを気づいたのも普段見ないところまで見るというお風呂のおかげでした。

お風呂で自分を取り戻す

ところで、露天風呂につかっていると、お湯がとても心地よかったです。その心地よさを全身で感じました。この心地よさを全身で感じることが大切なんじゃないかと思いました。

お湯の心地よさを全身で感じることで、自分には「からだ」があることを思い出すのです。

言い換えると、お風呂で「自分」を感じているんじゃないかと。背中やひざの裏などにも水圧がかかって、つかる前は感じていなかった「自分」を感じるんですね。ああ、自分があると。しかも自分を見ながら。

今日一日使った手、足、頭などが、本当はひとつなんだと思える。自分を回復というか、修復というか、自分を取り戻すというか…お風呂ってそういう場所なのだろうと思います。

「あー」とか「ふぅ」とか言うわけ

お湯につかるとき、何にも纏うことなく、まるごと包まれるわけです。そこで、あーとかふぅとか、言葉にならない息を漏らす。これは、自分というまとまりを回復した安心感というか安堵感なのかもしれません。

欧米ではシャワーですよね。シャワーは汚れを落とすという目的がはっきりしています。

自身の回復のためではありません。では、欧米ではどのようにして自分を回復するのか。その方法は、運動ではないかと思います。

ということは、外国人の旅行者がお風呂に入っても「あー」とか「ふぅ」とか言わないはずです。乞う情報。

運動することで、自分の思いと身体の動きが連動する。あるいは思ったように動かない。そのことで、自分の身体について思いをはせるのでしょう。それに対して、日本での自分を回復する方法は、「お湯につかる」なんですね。

温泉ブームの背景

時代の激流に流されてしまわないようにがむしゃらにがんばっているけれども、結局自分は何がしたかったのか、自分がしていることはどんな意味があるのか見失ってしまいそうになっていることもあるのが現在の社会ではないでしょうか。

がむしゃらに頑張っているがゆえに、わからなくなる自分。この自分を取り戻す方法、自分というまとまりを回復させる方法のひとつがお風呂なんですね。現在の温泉ブームの理由の一端はそこにあるのかもしれません。

自分を回復させて、安心して休む。だから、夜にお風呂に入ることが多いんですね。

 

The following two tabs change content below.
篠原たけし

篠原たけし

教育現場からの人間観察を得意とする、好奇心旺盛ライター。フットワーク軽く、様々な角度から「おもしろ社会学」を発信。